黒い靴の話







あたたかい背中
もこもこした感触が首にあたる とても眠たいけれど

小さい鼻歌が聞こえた
大好きな人の声 
傍にいてくれるのかな?

かすかな振動さえ心地良くて 
安心しきっていた 

寒い中でも 
ここにいれば大丈夫だと思った




「(・・・さむ、い)」

ふと冷気を感じて目が覚めた。幼いドイツはぶるりと体を震わせて目を開ける。
寝起きでぼんやりとした視界は白とも銀とも言える髪で覆われていた。
何事かと瞳を瞬かせるがすぐにその正体と自分の状態に気付き慌てふためく。

「に、兄さんっ」

「お?起きたか」

ドイツは兄の背中に背負われていた。自分がおぶられているのは黒いコートを着た兄の背中。
上体を起こして見回せばしんと静かな、街灯と家々の明かりでぼんやり光る町の中だった。
そこはいつもの家の周りとは少し雰囲気が違っている。人通りも少ない。

「(そうだ。今日は兄さんと出掛けたんだ)」

そう思い出したところで、おかしなことに気付く。

「兄さん、コンサートは」

ドイツの記憶の中では先ほどまで正装の兄の横で自分も慣れない服装で、暖かいホールでベルベットの椅子に座っていた。
だがそこから先の記憶がない。

「あ?お子様なお前にはまだホールは早かったかもなー。始まって少しでぐっすりだ」

とプロイセンはにやにや笑っている。しかしドイツには、兄に連れてきてもらったのにそれを楽しめなかったことへの申し訳なさが先立った。

「ごめんなさい・・・」

「あんなフカフカの椅子に心地いい音楽じゃ寝るなって方が無理だよなー」

からかうように笑う兄。コンサートはもう終わったのだろうか。
それとも自分の為に早く出てきてくれたのだろうか。どちらにしてもさぞつまらなかったことだろう。

「安定しないから首に掴まっててくれると助かるんだけどな」

そうは言っても、兄に背負われるこの状態が恥ずかしい。
顔見知りにあったらまだまだ子供だと笑われるかもしれないし、こんな風に誰かに甘えたことなど無いのに。

背中から降ろして欲しかった。しかしこの兄に言って、すぐ降ろしてくれるだろうか?

ドイツは兄に口で敵わないことが多く、すぐ丸め込まれてしまう。だけどおんぶは流石に恥ずかしかった。
自分はもう、前より大きくなったと思っていたのに。

ひゅうと一筋風が吹いた。風が冷たい。そういえば来た時よりも寒い気がした。今夜は雪が降るかもしれない。

前の雪の時は兄さんが遊んでくれた。雪の積もった中を散歩して、一緒にソリ遊びをしてくれた。
それがすごく嬉しかったけど、うまくお礼が言えなかったのが淋しかった。

その時、ドイツは自分が寒さを感じる理由に気付いた。
兄が着せてくれたのであろう黒いコートは着ている、だから寒いはずなど無い。
しかし宙ぶらりと揺れる足の片方から靴が無くなっていた。

「兄さん、兄さん」

「なんだー?」

「靴が片方無い」

心細そうな声に立ち止まる。プロイセンが首を捻って下を見れば、
確かに右足には黒い革の靴がはまっているのに、左足は白いソックスのみであった。

「おわっマジか!寒くなかったか?!」

慌てて背中から降ろしそうになるが、寒い中地面に降ろしても意味が無いと抱え直す。するとドイツは

「にいさん、降りる。降ろしてくれ」

と訴えてきた。

「兄さん、毎日仕事大変なのに」

子供の気遣いにプロイセンは思わず笑ってしまったが、ドイツは真剣だ。
いつも机に向かって大変そうな兄。自分を背負うことは更なる重労働にしかならないと、考えれば考える程申し訳なくなってくる。

「大人しく背負われてろって。」

「歩くから」

だから、降ろしてくれ。そう言い続ける弟に、プロイセンは苦笑した。

「靴下が汚れちまうだろ」

「じゃあ家に帰ったら靴下を洗う」

「誰がか?俺がか?」

地面は若干の舗装がされていても土で汚れている。帰る頃には靴下が泥だらけになってしまうだろう。
白い靴下なんて洗っても元の色に戻らなそうだ。

「洗わせられない・・・」

小さな声に、だろ、と返そうとしたが続いたのは予想外の言葉。

「だって、兄さんの手が凍る」

「・・・ヴェスト。俺そんなにヤワじゃないからな」

と、弟の兄への評価に呆れより若干引いてしまうが、ドイツは本気だ。その証拠に、どんどん声が涙で潤んでいる。
まだ泣いてはいなさそうだが、きっと泣きそうなのを必死で堪えているのだろう。

「だって、だって」

だって、兄さんに迷惑を掛けたくない。

ドイツは、兄に迷惑を掛けるのが怖かった。何よりも怖かった。

いつもそばにいてくれた兄。時に厳しく物を言うけれど、でも決して離れていくことの無かった人。
兄がそこまでしてくれる理由がまだドイツにはわからなかった。それを追求しなくても、兄はいつも優しかった。
明るく笑って頭を撫でてくれた。遠くに行った時も、真っ先に帰って来てくれた。
「いなくならないで」そう言うのさえ怖かった。何を言っても、いつか壊れてしまう気がしていた。

俺が迷惑を掛けたら、兄さんはきっといなくなってしまうんだ。

黙り込んだドイツに、プロイセンは頭を後ろに倒した。すぐにふわりとぶつかる弟の頭。

「背負われてろ」

優しい感触に頭を上げようとした。しかし兄の頭が邪魔で、上げることが出来ない。
目の前はまた、黒い兄のコートの背中。もぞもぞと動こうとするが抜けられない。

「いや違うな。背負わせてくれ」

その言葉に、ドイツは驚いて動きを止める。

「お前あったかいからなー」

子供体温。そうニヤリと笑う兄。子供扱いは嫌いだけど、兄がわざとそう言ってくれているのがなんとなくわかった。
ドイツは観念して兄の背中にもたれ掛かる。

「靴、残念だったな」

ドイツをおぶったプロイセンはゆっくり歩き出した。

声につられるようにドイツはまだ残る片方の靴を見る。
黒い革の靴。ピカピカ光っていて、お気に入りの靴だった。

「兄さんがカッコいいって言ってくれたのに」

初めて履いた時、兄さんが格好いいと誉めてくれた。
周りをくるくる回って、嬉しそうに嬉しそうにしてくれて、「今度それ履いて出掛けよう」と言ってくれた。
そしたらもっと、ぴかぴかに格好よく見えた靴。照れくさいけど、面映く嬉しかった。

「また格好いいの見つけような」

「うん・・・」



「もう少しで家だから」優しく言う兄の声は、背中と同じくらい暖かかった。

心地良くてまた眠りそうで、眠いと言ったら静かに体を揺らされた。

とてもあたたかい 冬の夜。



この場所が、大好きだと思った。




終わり



↓おまけ 次買い物行ったらきっとこんなだよね!


「この靴いいな!かっこいいぞ試せ!」
「兄さん・・・っ」
「でしょう?こちら入荷したばかりなんですよ」
「おぉっラッキーだぞ!ほらそこ座れ!」
「兄さん靴はもう、さっき買ったのでいいから」
「なんだ、服が先か?大丈夫だってそれは後で見に行くからよ」
「ふ、服もいいよ!」
「子供が遠慮すんなって」
「持ちきれないよ、靴だけで・・・」
「お、このブーツもかっこいいな。これはどうだ?」
「あぁもう・・・」
「素敵なお父さんですねー」
「・・・それ、あの人には言わないであげてください・・・」


10.1.8
加筆修正  10.2.17


幸せを もっとふたりで見つけていこう




ブラウザバックでお願いします