お外の話 ※オランダさんは京都弁 ※しかし京都弁わからないので翻訳機能+調整です ちりん ちりん 日本が指で弄ぶ陶器の鈴。目が離せないのは、きっとあんまり綺麗な音だからだ。 その白い指から。桜貝のような色の爪から。気怠げな様子から。 窓辺に座る日本を見て、オランダはそのようなことを思った。 彼が訪ねて来た男は細い窓枠に左腕をもたれ掛からせ、左半身を壁に沿わせ右手に握り込んだ鈴をころころと転がしている。 畳の上に直に座り込み、自室であるからか気を抜いた姿。 しかしまるで日本が前に語ったあやしの世界、異世界に迷い込んだかとオランダは錯覚した。 それは鈴の音のせいか、はたまた日本の本質なのか。オランダはまだ計りかねている。 日本はオランダが襖を開けたことにも気付かず視線を外にやったままだ。ちりんちりんと鈴を鳴らしながら。 「外は嫌いやと言うておへんどしたか」 落ち着いた声に日本がゆったり振り返る。ちり、と鈴が音を立てた。 「おや。オランダさん」 着物の裾を正し、しかし座り込んだままでオランダを仰ぎ見る。それは日本が彼に慣れ親しんでいるから取る態度だ。 「急なお越しですね。なんの連絡も頂いておりませんよ」 「別件で出島に来やはった。そしたらあんたの上司があんたに会うようにと」 そしてオランダの上司もそれに同意した。 日本側は日本が唯一触れ合える唯一の国として、オランダ側は商売相手他諸々の理由で相手を悪く思ってはいない。 二人が親しめば親しむ程、双方の本体に不利益はないと考えているのだろう。 「やれやれ。今日はお休みだと思ったのですけどね」 口では文句を言いながらも、日本はのったりとオランダの座る場所を用意しようとしてくれる。 オランダはそれを手で制し、日本の斜め前に楽な姿勢で座った。 靴を脱ぎべたりと床に座り込む日本の起居様式には未だに慣れない。正座はもっと苦手だ。 「なんを見とったん」 「いえ、何も・・・」 誤摩化しとも取れそうな言葉だが、日本のことだから本当だろう。 「ぼうっとするの好きなんです」 オランダさんはしないのですか?と不思議そうに視線をやってくる。 そのような趣味をオランダは持っていない。自分の知り合いの国も、日 本と同じ趣味の者はあまりいないだろう。 いくつかの顔が浮かぶが自己主張の激しくやかましい奴がほとんどだ。 「しいひんな。おもろいんか」 「今日のように天気がいい日は、今の時間帯でもそんなに眩しくないですし。窓辺で何も考えないでいるのはとてもとても贅沢です」 「わしはてっきり」 オランダは言っていいものか悩んだ。 それはこのまどろむように言葉を紡ぐ日本を不機嫌にするかもしれないという考えから、 もしくは拒絶反応を示されるかもしれないという恐れから。 「てっきり?なんでしょう」 じっと見つめてくる瞳に、オランダは渋々口を開いた。 「やっと外の世界に 興味を持ったかと」 途端、日本から表情が消えた。顎を逸らし目を閉じて、取りつく島も無い口調で言う。 「外は嫌です」 わかりきっている答えだった。いつ聞いても、日本は外を拒絶し続ける。 「あなたがいらっしゃって下さるから、それで十分ではないですか」 ちりん。その音でオランダは、まだ日本が鈴を握ったままであることに気付いた。 日本は微笑む。それを信じればいいものか、オランダは無言で逡巡した。 「わしはええのか」 それは他国の優越感をほんの少し感じさせる。しかし理由がわからないままでは考えが読めない不気味さの方が増すようだ。 ・・・とは思っても、オランダはそんな自分の考えを内心笑い飛ばした。何を言っているのだか、と。 結局日本を嫌いではないか ら、またこうして訪ねてくる。日本と話し、彼の存在の不思議さに驚くことを楽しんでいる。 「怖いものはほんのちょっぴりあった方がいいんです。で ないと、今の平穏を忘れてしまいますから」 まだ日が高く、空は明るいのだろう。 開けっ放しの窓から差し込む光は陰ること無く、耳を澄ませば町に住まう人々の声が聞こえてきた。 日本がそれらに目をやることはあっても、この部屋に他の国がやってくることはない。 少なくとも当分の間、日本は それを拒否し続けるだろう。 怖いものに例えられたオランダは苦笑し、その声に日本もくすくす笑う。 「でも、ほんのちょっぴりでいいんで す。それ以上はいりません」 微笑みを浮かべたまま、鈴を窓辺に置く。からり。鈴はそれ以上鳴ることも無く、そうっと沈黙した。 くるりと体の向きを変え、日本はキラキラした目でオランダに向き合った。 「この間の異国の屏風絵、ご覧になりました?綺麗だったから、私柄にも無く見 入ってしまいました」 嬉しそうな日本。にっこり微笑む姿が自分を欺いているのでも、本心からでも構わないとオランダは思う。 現にこの部屋には、 日本とオランダ二人しかいないのだから。 「今日もお話して下さい、お外の話」 「そやな、なんがええ?」 end 10.2.1 加筆修正 10.2.3 外なんて いらない |
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