人が行動を実行に移さない場合には、古今東西何かしらの理由があるものだ。
それは本人が無自覚な場合もあるが、僕の場合幸か不幸か自分で理由をわかっている。
・・・怖い、から。 彼に全てを告げるのが。
今の関係を壊すのが怖いわけじゃない。
(だってこのままじゃ僕の望みどおりにはならない)
かといって他の人間に彼を取られることを恐れていないわけじゃない。
(そんなの許せない 傍にいて欲しい 君に求められたい)
唯一つ怖い、怖い、それは、
君の横顔を静かに見つめる。
無言で弁当を頬張る姿は可愛らしくて、微笑ましい。
そんな彼を見つめるのが好きだった。昔から、とてもとても。
「だから俺は声を掛けたわけだ!・・・おいキョン、聞いてんのか?!」
彼―キョンは谷口の少しやかましい声に眉をひそめて、唐揚げに箸を伸ばす。
僕は僕で添え物のいんげんを口に放り込んだ。
「聞いてる」
「ならいいけどよ。だけどな、その女は」
話し続ける谷口。それに適当に返事をしながら弁当を食べるキョン。笑顔でそれらを見ている僕。
昼休みの構図は高校入学以来いつもこうだ。
騒がしい教室、クラスメイトの話し声。その中に彼の後ろの席にいつもいる少女はいない。
そういえば昼休みは教室にいないな。 だから僕が彼といる事が出来るのだろう。
高校に入ってからの彼はそのバイタリティー溢れる彼女・涼宮さんや、その周りの少し不可思議な人物たちとばかり行動を共にする。
たまに僕と、今横にいる谷口も呼ばれてその仲間に加えられるがまぁ準レギュラーくらいの扱いだろう。
だから僕はこの昼休みが好きだった。
邪魔が入らず、キョンといることが出来る時間。
自分が彼に向ける感情に気付いたのは中学生の時だった。
たまたま同じクラスになったただのクラスメイト。奇妙なあだ名があること以外特に特性の無い少年。
なぜかはわからないが大多数の人間は気付けなかった彼の魅力に僕は気付き、なんとなく近付いた。そして知ることとなる。
彼の無関心に見えて熱いところ、お人好しで少し見栄っ張りなところ、思慮深い性格。意外に可愛く笑うこと。
気が付いたときには彼から目が離せなくなっていたんだ。
だからずっと傍にいた。彼の友人というポジションに座って。
そして彼の友人として中学時代を過ごした僕は、別の高校に行くなんて考えられなくなっていた。
高校生になれば自ずと世界は広がるのだ。そしたら、もうきっと彼の傍にいられない。
彼は彼で、僕は僕で友人を作り、いつしか恋人も出来て、お互いは昔の友人でしかなくなって・・・そんなの絶対に嫌で。
彼と親しくしていた何人かの中で、僕だけが彼と同じ学校に進学した。
「キョン、その玉子焼き何か入ってるの?」
谷口の話を耳に入れつつ、キョンに笑いかける。
口の中のものを飲み下して、彼は二つ入った卵焼きの一つを口に運ぶ。
「ネギ入りだな」
「一つくれない?僕のも何かあげるから」
ほら、と弁当箱を差し出す。しばし並ぶおかずを覗き込みそのうちの一つを指差す。
「じゃあ・・・これ」
「はい」
肉団子を彼のご飯の上に乗せて、彼も同じように卵焼きを僕のご飯の上に乗せた。
口に入れた卵焼きは少し甘かった。
僕が高校を選択した時、周囲の人間はずいぶんと驚いたようだった。
もっといい学校に行けるのにとか、レベルを下げることはないとか。
そんな意見正直どうだってよかった。だってキョンと離れたら意味が無い、と思っていたから。
今思えばなんてまっすぐで無鉄砲だったんだろう。ただ離れたくない、そんな感情で全て決めて。
たしか志望校が同じだと言った時キョンは笑ってくれたっけ・・・一緒だな、って。それだけで、僕はやたらと安心していた。
「谷口、その話さっきも聞いたぞ」
「ぼけたんじゃない?」
「ぼけるには早いぞ」
「好き勝手言うな、こら」
しかめっ面をする谷口にくすりと笑う。
ちらりとキョンを見たら、彼は眠そうに大あくびをしていたけど。
「眠いの?」
「ああ・・・少しな」
前の時間は数学で、さぞかし眠かったのだろう。キョンは結構低血圧だから、起きたあとは大抵ぼーっとしていることが多い。
その様子が一番可愛かったのは中学の修学旅行の朝。隣の布団の僕が声を掛けても、眠そうに布団に顔を埋めていてた。
でも中学の時は授業中の居眠りはしていなかったな。それは高校生になってからついた彼の困った習慣だろう。
高校に入学したその日の、クラス発表。神が僕に味方したのかと思った。
僕とキョンは同じクラス。そしてそこに知ってる名前は一つも無かった。
同じ中学からの進学者は、そんなに少なくなかったのに。
相変わらず僕は彼の親しい友人でいた。だけど一つ大きな誤算があった。
彼の存在に、気付いてしまった少女がいたこと。
涼宮さんに接触したのはキョンからで、しかも鉄壁のように誰も近づけなかった彼女は彼を気に入ってしまった。
僕は慌てた。彼をどうしたらいいかもわかっていないのに、ただ彼が離れて行ってしまうのではないかと思って。わかってしまった。
彼女に構う彼を見ていて、自分の彼に対する執着に際限がないことを実感した。
彼を独占したい、他の人間よりも彼とだけいたい。
・・・まず感じたのは恐怖だった。これ以上は自分がどうなるのかわからない。己の理性のタガが外れるのが怖かった。
だから距離を置いた。害のない友人を手に入れ、尚且つ彼の側にもいられる距離感。
「中学からの友人」…せっかくの僕だけのポジションなのだから。
思い返せば、よくここまで我慢したものだ。彼の傍にいたい、ただその一心で。
僕もきっと前よりは丸くなり、だけど彼への思いは全く薄れていない。
いや・・・彼を思い続ける分だけ濃度が増してるかも。
彼は全く気付いていないけど今はそれでいいんだ。
そんなことを考えながら、すぐ横にいる彼を見て、顔が自然と綻んだ。
ずいぶん可愛い状態になっているキョンに気付く。
「ご飯粒ついてるよ」
僕が指摘すると彼は慌てて顔に手を当てた。
「え?どこだ?」
「ちがう、逆逆!」
谷口が指差すがキョンは見当違いの頬を擦っている。見ていてもどかしくなる光景だった。
「そこじゃないって・・・」
手を伸ばして、唇近くに付いている米粒を人差し指と親指で摘み取る。
そのままそれを自分の口に運んだ。
「・・・それはないだろう」
「あ、やっぱり?」
笑うくらいならするな、と呆れ顔の彼。
したくてしたのだから僕は大満足だけど。だってまるでカップルみたいじゃない?
今はこれでいい。
このままでいたい。
他の手段が見つかるまで。
「(好きだよ)」
「(好きだ)」
「(誰よりも愛しい)」
「(君が好きだ)」
口にしようと思ってはやめる。
僕は怖いんだ。
君が誰かを選んだ時。
選んだその人と思いを通わせた時。
有無を言わさず君の幸せを壊そうとするのだろう
自分を心の底に確かに感じるから。
End
07.10.8
君をずっと好きだよ この手を離す気はまるで無いように
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