■午前の愛玩動物■



 
僕の恋人はとても可愛い人。
 古泉一樹は常々そう思っていた。
 無愛想で平凡だと本人は言っていたが、優しくて気遣いが出来て面倒見が良くて頑張り屋さん。
動物に例えるならきっと猫だ。しかも気性が穏やかな。
意外とマイペースなところなんかぴったりだと思ったのだが、彼に言ったら口まで歪めて「何考えてんだこいつ」という表情をされてしまった。
じゃあ僕はなんですか?と聞いたら少し考え込んだ末に「犬だな。しかも血統書付きのでかくてふさふさしたやつ」と言われる。
 褒められているのか貶されているのかいまいちわからなかったが、
何故そんな会話をしたかと言えば、単に二人で動物番組を見たからだ。
夕飯の食卓でなんとなくつけたのであろうその番組では可愛い猫の特集をしていた。
ちなみに何故一緒にテレビを見ながら夕飯を食べていたのかは、二人が恋人同士で尚かつ週末の二連休を控えた金曜日だったから。
久しぶりに団の活動予定も入っていない休みをゆっくり過ごそうとキョンが古泉の家に泊まりに来ていた。
そして一緒に夕飯の片付けをしたりして、後は夜中まで・・・まぁ、古泉に流されたキョンはあれやこれやと体力を消費させられる形になった。
 なので今日起きたのはいつもより遅い時間。古泉はまだ眠っているキョンを起こすのは忍びないと思い、
自分だけそっとベッドから出て遅めの朝食の準備をし、キョンを起こしに寝室に戻った。
 
 うん。これで間違いない筈。
 古泉は昨日の夜から今日の朝にかけての出来事を反芻して、改めてさっき目を覚ましたキョンに向き合う。

「・・・・・・・・・にゃー?」

 古泉は喜びやら何やらの前に状況への対応に困って溜め息をついた。


・・・あの、涼宮さん。あなた何かしましたか。




***



 古泉一樹は固まっていた。状況が未だに把握出来ない上、最初のインパクトが強すぎた為だ。
 まだベッドで寝ていたキョンに声をかけて揺り起こすと、いつもは「うーん・・・」と何とも可愛く目を開けるキョンが口に出したのは
「みゃ・・・」
 という動物の鳴き声のようなものだった。
普段どんなに頼んでもそんな可愛い真似をしてくれない(だがそれでも十分に可愛い)キョンがわざとそんなことをする筈無い。
彼は決してそういうタイプではないのだ。寝ぼけているのかと思った瞬間、手に触れる感触がおかしい事に気づいた。
慌てて上掛けを捲るとキョンの頭には茶色い髪と同系色の 

       猫の耳が生えていた。

 驚くと同時に上掛けを無理矢理全て剥ぎ取り確認したところ、尻尾が生えている事まで発覚した。
 (な、なんですかこれ・・・!)
 人間、想定外の状況にぶつかると喜ばしい時でもとりあえずぽかんとしてしまうことも多いものだ。
古泉も例に漏れずそうであった。その古泉にのそりと歩み寄り、キョンが甘えるように鳴く。
「にー」
 すりすりと頭をすり寄せるキョンに古泉ははっと思考を戻す。とりあえず髪を撫でてみた。
手触りが気持ちいいな、というのが感想だ。まだ思考回路は回復していないらしい。
「みゃー」
(可愛いっ・・・!!!)
 気持ち良さそうな声を出すキョンを思わず抱きしめる。キョンは逃げない。
いつもなら罵声を浴びせられて更に逃げようともがかれてしまうところだ。古泉は感激に涙が出そうだった。
もう状況把握なんて忘れている。抱きしめ撫で続けてもやはり逃げようとはせず
寧ろ体を弛緩させるキョンに頬が緩んできた頃、ピピピと携帯電話が鳴り響いた。
「もしもしっ?!」
 声が裏返ったのは現実に引き戻されたとたん悪さをしていたようで後ろめたくなったからだ。
「私」
 電話の相手は長門有希だった。淡々とした声に背筋がひやりとする。
統合思念体に作られたヒューマノイドインターフェースである彼女には時たま全てを見透かされている気がするのだ。
「なんでしょうか?」
「彼の事で話がある」
「と言うと?」
「彼に突然起こった小型のネコ目ネコ科動物化について」
 やはりばれているのですね・・・と声には出さずに苦笑した。
「原因は?」
「涼宮ハルヒ」
 それ以外には考えられないので、むしろ安心した。だが何故そうなったのかが謎だ。
「涼宮ハルヒは昨晩動物番組を鑑賞した。そしてそのまま超常現象やオカルト現象を特集した番組を鑑賞」
 昨晩新聞を見た時そんな番組もあったな、とぼんやり思い出す。動物番組は多分自分たちが見たのと同じものだろう。
「その番組では人間の人格が突然変貌するという内容を放送していた」
「では彼女は彼がこうなることを願って・・・?」
「違う。彼女は無意識下で彼が猫化してしまう夢を見た」
「つまり就寝前に見た番組の内容が夢の中で混ざってしまったと」
「そう」
 そうして猫化してしまった彼は今、背後のベッドに座り込んだまま丸めた手で頭を掻いている。毛繕いか何かのようだ。
「変化が起こったのは頭部表面の猫の聴覚器官、及び腰後下部の猫の尾の出現」
 つまり猫耳としっぽが生えたという事か、とキョンを見て頷いた。
先程撫でながらそっと触れたがカチューシャなどのつけ耳ではない事は確かだった。尻尾も多分そうだろう。
「そして精神」
「精神?」
「変化の主はそこ。彼は自分を猫だと認識している。人間の言葉を使わないのはその為」
 ならこの耳と尻尾は何故出現したのか、と思うと電話の向こうで静かに告げられる。
「オプションと思われる」
 それをつけたのが神様というのならば、とりあえずありがとうと言っておくべきだろうか。
首を傾げるような仕草をするキョンを見て、古泉はそんなことを考えた。




***




「・・・どうしましょうね・・・」
 電話を切った古泉はキョンを見下ろし溜め息をついた。
 長門有希によるとこの変化は時間の経過で元通りになるらしい。恐らく明日までには戻るだろうと。
それに関しては安心した。今日は用事も何も決めていなかったのでそれくらいなら支障も特に無いか。
 問題はキョンにどのように対応したらいいのだろうという事だ。古泉は動物など飼った事が無い。
雪山合宿の時に連れていったシャミツーも当日以外は森さんに任せっきりだった。
 いやその前に、本来は人間である彼に動物として接しても良いものだろうか?
「えーと、キョンくん?」
 呼んでも彼は返事をしない。目の前にあった自分の尻尾にじゃれついている。
「キョンくーん」
 今度は呼びながら頭を撫でてみる。
「にゃあ?」
 キョンが不思議そうに古泉を見た。僕の事はどれくらいに認識してくれているのだろうか。
(恋人とは思ってないでしょうね)
 人間を恋人と思う猫がいるのかはわからないが。
「にゃー」 
 猫は顎の下を撫でられると喜ぶんだっけ、とどこかで聞いた知識の通りにしてみる。
するとキョンは気持ち良さそうに目を瞑って鳴き声を出した。撫でられる感触を喜んでいるようだ。
「気持ちいいですかー?」
「にうー」
 あまりの可愛らしさについ左手も使ってしまいたいのを古泉は必死で押さえる。
服を捲ったりキスをしたりあちこちを触って反応を楽しんだりしたい。頭の中は正直過ぎる程に正直である。
 しかしそれは頭の中に止めておいた方が良さそうだと考えていた。どうやら自分に甘えてくれているようだし、
普段と比べると怖いくらいに無防備すぎる。これに手を出すのはある意味犯罪のような気がしてならない。
意思の疎通も出来ないし言葉も通じていないみたいだ。それに何より動物の行動は予測出来ない。
もし失敗して警戒でもされたら元に戻るまで近付いてくれない気がする。
 我慢するしか無い、と古泉は心に誓った。悔しさの滲んだ表情で。
 まず手を出す気だったのか、と常識的に突っ込んでくれるような人間は今彼の近くにはいない。
唯一言ってくれそうな人間だったキョンは古泉に寄っかかって空中を見ていた。
「とりあえずご飯ですかね」
 朝食をまだ食べていなかった事を思い出して、リビングへ向かうキョンはどうするかと見ていれば、
興味を引かれたようでベッドから降りててこてこと歩いて付いてくる。
ちなみに二足歩行だ。その辺りまでは猫仕様では無いらしい。
 古泉は昨日見た番組の内容をなんとか思い出していた。
猫にネギ類は与えては駄目。ちゃんとキャットフードをあげること。
子猫にはミルクで、食べた後は母猫が顔を舐めて綺麗にする・・・だっただろうか。
 しかしこの家にキャットフードの買い置きはない。そもそも彼にキャットフードを食べさせるわけにはいかない。
 用意した食事はトーストに炒めたソーセージ、スクランブルエッグ、それに簡単なサラダと牛乳だ。
 一人暮らしで外食とインスタント食品とコンビニ弁当中心の食生活だった古泉だが、
それでは食生活が傾くとキョンに怒られ彼に教わって自炊を始めた。
キョンだってあまり上手くはなかったが、一緒に料理の本を見ながら練習するのは楽しい。おかげで今はこれくらいの料理は軽くこなせるようになった。
 味覚や身体まで猫化したとは言ってなかった・・・ということは平気だろう。
そう判断してキョンを座らせ自分もテーブルを挟んで正面に座る。まだほんのり温かいト―ストに手を付ける。
きょとんとしていたキョンも、目の前に食事があるのがわかったようでソーセージに直接齧りつこうとした。
「え?あ、駄目ですよ!」
 慌てて皿ごとソーセージを取り上げた。そうだ、猫にフォークを使うという意識は無い。皿から直接食べるのみだ。
 そう気づいたからの行動だったのだが、ご飯を取り上げられたキョンは唸り声をあげて古泉を威嚇する。
古泉は皿を遠ざけたまま、フォークでソーセージを刺し、キョンの口の前に差し出した。
「これでどうぞ」
 所謂「あーん」だ。古泉は駄目かと思ったがキョンはすぐ威嚇をやめソーセージに齧りつく。ちょっと満足そうだ。
 それが終わればサラダ。スクランブルエッグ。千切ったトーストを手で。
結局古泉はキョンの分を全てあーんで食べさせた。




***




 ご飯の後は一緒に遊ぼうと思ってキョンをソファーに連れていく。
猫じゃらしなどは無いが、キョンを撫でているだけでもいい。絶対に楽しい。
 まだ手を出すのは我慢しきれているようだが、それでも楽しもうとする辺り順応力高過ぎだ、とかちょっと変態臭いという事は思わない。
むしろ古泉はキョンくんという可愛い猫さんと遊ばないのは勿体ないと考えている。
 まずは自分がソファーに座り、キョンの頭が膝に乗るように寝転がらせてみた。キョンが古泉を見上げる形だ。
「にー・・・にゃー・・・」
 お腹いっぱいで少し眠そうなキョンはとろんとした目で古泉を見た。それだけで古泉の心臓はうるさいくらいに高鳴る。
(ああ・・・改めて見ても可愛いです)
 恍惚の表情でキョンを見つめている。まずこの態度が堪らない。
甘えてきてくれるキョンなんてきっと半年・・・いや一年に一度有るか無いかくらいだろう。
猫というから気まぐれかと思ったら、この猫キョンくん(古泉命名)は甘えたがりらしい。
それにふわふわの猫耳。揺れる尻尾。あどけない仕草。可愛らしい鳴き声。
外見的ポイントだけでも古泉にとっては軍事兵器並みの破壊力だ。
興奮度合いによって鼻血が出る体質だったら今頃救急車沙汰の失血状態だろう。
 そんなことは感知していないキョンはもう寝る姿勢で、足を曲げて身体を少し丸めている。
尻尾も身体に添って丸まっていた。こんな猫なら飼いたいな・・・と古泉は思わず考える。
 気持ちの赴くままに再び髪を撫で、次にそっと頬に触れる。
手を何回か往復させるとその手に緩慢にじゃれつくキョンの手。
微笑ましく思いながら手を外させるとぺろ、とちょっと出した舌で手のひらを舐めてくる。
紅い舌が覗く唇。湿った感触が指先をなぞる。
 猫としてはまぁなんてことない行動。
 しかし古泉はその行動に悶絶し、理性の揺らぎを感じるのだった。
(保ちますかね・・・僕)
「にゃっ」
 いい飼い主(?)でいられるかはどうやら時間の問題のようだ。       




           
《完  ?》



07.11.24

あの、とりあえず可愛くてしょうがないんですけど・・・。




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