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悲しくないのに涙が出そうだ。これが「切なさ」というものなのかもしれない。
いつもの活動を終え、彼と歩く放課後。日はすっかり短くなり季節の移り変わりを感じさせた。
僕はこの状況が少し嬉しいのを隠すかのように口数が若干減っていて、数歩前を歩く彼の背中を見ながら、切なさの意味何てものを思わせる。
「冷え込みますね」
でもあなたの横は暖かい。
「・・・あぁ」
呟くように言った彼は振り返ることなく付け足した。
「寒い」
きゅ、と鞄の柄を握り締めるのは言葉通り寒いからだろうか。
疑ったわけではない。しかしそんなところまで見ていてしかもその意味を考える自分に困惑する。まだ己を笑い飛ばすまでには至れなかった。
真剣な人間を笑うことが出来なくなったのはいつからだろう?多分自分が、真剣に彼のことを考え始めてからだ。
この間も、何と無しに見ていたドラマで恋に振り回され身を滅ぼしかける登場人物がいて。
妙に目が離せなくなりそれまでの話を見ていないにも関わらず結局ラストまで見てしまった。
ふとその恋に自分と彼を重ねて、馬鹿だなぁと噛み締めたものだ。

彼との距離。
少し前を歩く歩調。
寒そうに肩を震わせる仕草。

彼の挙動一つで心が揺れる。恋をした人間というものは本当にみっともない。
ただそんな、己への揶揄を含んだ想いさえ少しの苦みと共に甘く胸に落ちる。
そして彼と別れ一人家に帰ればこの気持ちは淋しさと愛しさに変わるのだ。既に毎日のことだからわかっている。
勿論彼に触れたい、でも触れてはいけないだろうと考えるこの時間も十分に苦しい。しかし彼がすぐそこにいるというだけで幸福だと思えるのだ。
だから失う方向には決して向かいたくない。
友人としてのこの地位を、ましてや彼自身をこの世界から失うくらいなら現状を維持していたいと思う。

唐突だが僕の胸の奥には小さなトラウマが存在している。
彼を半ば失いかけたほんの一月前、12月のことだ。
何の変哲も無かったその日。階段を下る僕そして他の団員の方々のすぐ横を落ちていった彼はその後意識不明の状態に陥った。
彼は彼でその間大変な事件に巻き込まれていたらしいが今も全てを聞かされてはいない。しかし彼の状況をまるで知らなかったその時の僕は絶望さえ覚えた。
あの頃より更に思いを募らせている今の僕だったら自暴自棄になってしまうだろう。そう考えるくらい見ていられない光景だったのだから。
もし目を覚まさなかったら・・・白いシーツに横たわる彼を視界に入れる度何度そう思っただろう。
胸に渦巻く悲しみとそれを表に出すまいという虚勢のせいか奇妙な夢まで見たくらいだ。
彼がいる夢。だけど幸せな夢ではなかった。僕のような人物もいた気がする。違ったかもしれない。
夢の中の彼の悲しむ顔と彼に近付くその男が嫌だった。見境の無い嫉妬に自分でも呆れる。
目覚めた時はひどく嫌な気分だった。
・・・彼を失いたくない。失うくらいならこのままでいい。現状維持。
想いを口にすることは未来永劫無くとも、彼に優しくしていることが許されたら。そして少しでも彼が微笑んでくれたら。
仏頂面の彼にそれを求めることは難しいかもしれないが、幾らかでも僕に心を許してくれたらと思う。贅沢な願いかもしれないがそれ以上は望まない。
だからこのままでいい。彼をどうしても失えない。
黙々と歩き続ける彼はひどく無口で、いつもこうだっただろうかと考えた。よく思い出せない。
僕の方から話していたのだっけ?この緊張感は僕の気のせいだろうか。
彼と話していて緊張しないことはない。少しでも彼に好かれたくて・・・。

「馬鹿みたいだ」
小さく呟く。これ以上思いを募らせてどういうつもりなのだろう、本当に。
伝えられない思いは、胸に飽和してしまいそうだ。
「・・・何か言ったか?」
空気に溶けてしまったような言葉に彼が反応したのは意外だった。だから彼の横に来て立ち止まった。
「え?」
「いや、なんでもない・・・」
視線をそらして足早に歩き出す彼。
そういえば今日は部室でもあまり話してくれなかったな。
いや、それはいつものことだっけ・・・?
彼はいつもまっすぐにこちらを見て話すのに、でも今も何かが違ったような・・・。

違和感を感じながら彼の背中を見る。彼の肩越しに僕らの別れる道が見えていた。










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08.6.15
加筆修正6.16


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