紅く染まる部室。
外は眩しい位の夕焼けで、何処かから運動部の声が聞こえてくる。
それなのにこの空間はえらく静かで、目の前の男が俺を引き寄せた時の椅子の軋みさえ聞こえる程だ。
「ほら、早くしてくださいよ」
「でっ・・・出来るか!そんな・・・」
身じろぎした時触れた指先がちりっと痺れた気がした。
いつもと同じくらいの距離が今はひどく落ち着かなく、目の前にいるこいつの顔がまともに見れらない。
心臓の音がいやにうるさかった。
「距離を狭めるのが難しいのなら僕の肩に手をかけても構いませんよ?あなたのご希望なら目も瞑りますが」
なんでこいつはこんなに落ち着いているんだ。
俺が立っているのに比べこいつは椅子に座ったままだからか?その気があるなら普通に瞑ってくれ。
いや違うだろその前に・・・。
「なんですか?」
「なんで俺がお前にキスしなきゃならないんだ?」
原因は目の前でやけに嬉しそうに笑うエスパー野郎に。
それに加えて俺の人生至上最も傍若無人なSOS団部長に起因する。
ことの始まりはそう、今日の授業終了後だった。授業を終え、部室棟に足を運び、部室のドアを開けた俺を迎えたのは
「遅―――い!!何してたのよっ!!」
鼓膜を突き破るんじゃないかと思わせる程の声量を誇るハルヒの怒鳴り声だった。
「遅いわよキョン!一体なにをやってたっていうの?!」
「掃除当番だ。お前だって知ってるだろう」
なんてったって同じクラスなのだから。
ちなみに掃除当番の受け持ち曜日と場所は
クラスメイトが適当に割り振ったらしく俺とハルヒは一緒ではない。
「だからってこんなに遅いのはおかしいでしょ!何処で油売ってたのよ」
別に普通に教室の掃除をして、最後にじゃんけんで負けてごみ捨て係になっただけだ。
遅くなった理由と言えばそれくらいだがそれだってほんの数分のロスに過ぎないであろう。
教室からゴミ捨て場へゴミ袋を運び、また教室に置いておいた鞄を取りに戻っただけで何を責められる理由がある。
しかし俺がそう言ったにも関わらずハルヒはむすっとした顔を崩さない。
「今日はミーティングの日なのよ!それなのに私より遅れてくるどころか
十分以上も待たせるなんて決して許される事では無いわ!」
俺は今日ミーティングがあるという話すら聞いた覚えが無いんだがな。
常と変わらず貧乏くじを引いてしまったことにげんなりとする俺を尻目にハルヒはにんまりと笑った。
「これは罰ゲームものね」
これでハルヒが何か適当な罰を言い出して、俺がそれを甘んじて受けるか拒否するか。それならいつものことだ。
思いつきに任せたどう考えても無茶なものなら拒否すればいいし、何か奢る位ならまぁ受けてやらんことも無い。
・・・いや、今月の財布の状況を考えればそれも出来れば勘弁してもらいたいところだ。
「うん、今から駅前でSOS団のチラシを一人で配ってくるのはどう?特製の特大看板も貸してあげる!」
満面の笑みには悪いがそれも出来れば遠慮したい。これ以上お前の奇天烈な活動を広めてどうするんだ。
「じゃあどうしろっていうのよ!いい?大体ねぇ」
ハルヒが持論を展開しようとしたところで思わぬ助け舟が入った。近づいていた人影が俺とハルヒの間へスマートに割り込む。
「まぁ涼宮さん。お待ちかねの彼も来たことですしミーティングを始めては?」
ナイスだ古泉。いつもの似非臭い無駄に爽やかな笑顔と物言いもたまには役に立つな。
「それじゃあ規律に違反するわよ」
それでもハルヒは納得がいかないらしい。まだ何かを考えているポーズを崩さないし、口はむうっとアヒル口のままだ。
俺としては「それもそうね。じゃあミーティングを始めるわ」とハルヒが納得してこの話を終わらせてくれることを祈っていた。
しかしこの世界は俺の思うように進んでくれた試しがない。特に、高校生になってからは。
俺は部室にいる面子に困りきった視線を送った。
しかしメイド服に身を包んだ朝比奈さんはお盆を抱えて困ったようにきょときょと視線を彷徨わせているし、
長門に至ってはこれっぽっちも普段と変わらず窓際の椅子に座り厚いハードカバーの本に没頭している。表情一つ動かさない。
俺とハルヒの間に立つ古泉は、目が合うと気障ったらしい仕草で肩をすくめた。「やれやれ」とでも言いたいのか。言いたいのはこっちも同じだ。
と、ハルヒの表情がぱっと電球でもつけたように明るくなった。
「そうよ、古泉くんも考えてみたらいいじゃない!」
さっきまでも決していい気分ではなかったが、俺は自分のテンションとかその他もろもろが
がくっと低下していくのを感じた。なんの死刑宣告だそれは。
しかしハルヒはあくまで本気だったらしい。
「そうよそれいいわ!男同士でしか考え付かないような恥っずかしいやつ一つお願いね!」
勘弁してくれ。これはある意味、ハルヒに命令されるより質の悪いことかもしれない。
俺にとっては、という限定的な話ではあるが。
その理由はあとで説明するとしよう。とにもかくにもそれだけは阻止しなくてはいけない。
「なによっせっかく考えてあげてるのに!みくるちゃんを見習いなさい!」
「ふええっ?!」
「あんたみたいに遅刻しまくってるわけでもないのにこんなに可愛くメイド服を着こなしているじゃない!素晴らしいわ!」
朝比奈さんが常日頃メイド服を着ていらっしゃるのは間違いなくお前の強制だ。
そして俺は断じて遅刻などしていない。
これもまたハルヒの作った「集合時間の前だろうが、最後に来た人はみんなに奢ること!」というなんとも勝手なルールのせいだ。
ついでに言えばこの制度で俺の財布が無事だったことはあまりない。
「あんたは忘れているかもしれないけれど古泉くんは我がSOS団の副団長なのよ?つまり彼にも団員に対して命令を下す権限があるってわけ」
一番忘れていたのはお前だろ。
「そうですか。では彼の意見を尊重しつつ考えるので、ちょっと彼と二人にしていただけませんか?」
・・・おい乗り気になっているんじゃなかろうな古泉。
「全く古泉くんはキョンに甘いわね。まぁいいわ。じゃあ私たちは校内回ってみくるちゃんプロモーションビデオの撮影構想を練ってくるから!」
お、おいちょっと待て。おーいハルヒさん?何故朝比奈さんにお盆を置かせて引っ張り出す気満々なんですか?そして長門まで何故本を棚に仕舞う?!!
「じゃあ行ってくるわ!ちゃんと報告必須よ!」
女性陣の背中をぽかんと見ていた俺に届いたのは、腕をがしっと掴まれた朝比奈さんの「ひゃあん〜」という可愛らしい涙声と出て行き様に
「いーい?団長命令どころか副団長命令まではねのけたら死刑じゃ済まさないからねっ」
と鬼の首でもとったように告げるハルヒのやたら威勢のいい声だった。
あっという間にこの部室にいるのは俺と古泉の二人だけという恐ろしい状況が出来上がる。
「二人きりですね」
わざわざ嫌な言い回しをするな。気色悪い。
「おや喜んではいけませんか?僕は嬉しいですよ」
距離を詰めるな近寄るな手を伸ばすな!ええい人の髪に触るんじゃない!
「愛しいあなたと二人きりになれたんですから」
そう言って柔らかさを増した笑顔で微笑むこいつは何を隠そう、俺が好きだとかほざいてきやがっているのだ。
その経緯は今回は省かせてくれ。とりあえずこいつと距離を離すことで俺は今精一杯だ。
その甲斐あって今とりあえず距離を置いた椅子にお互い腰を落ち着かせることに成功した。
さて、認めたくないがこいつは俺を好きだと日々言ってきやがっている。
勿論それはハルヒ及び朝比奈さんそして長門は知らないだろう。
知られていたら俺は今すぐにでもあちらの窓から飛び降りるね。
そんなこと誰かに知られた日にはもう学校に来ていられるか。
そして俺の名誉の為に言わせてもらう。俺はこいつに好きだと言った覚えは無い。
俺はあくまで人格・性癖共にノーマルで、朝比奈さんの笑顔を見て心がほんわかすることはあっても
男に同じ安らぎを抱いたことは一度として無いのだから。
それは古泉に対しても同じことだ。毎回お断りと共に断固拒否する姿勢をとらせてもらっている。
その上質の悪い冗談だと思うことにしている。いやーこいつでもこんな冗談言うんだなー。
だがこいつはめげずに隙を見つけてはアタックと称して俺にちょっかいを出してくる。
これが、考えたくもないが本気の恋だとしたら賞賛の拍手をおくりたいところだ。相手が俺じゃなければ。
・・・逸れ過ぎたな。話を戻そう。
仮にこいつが俺を好きなら罰ゲームも甘くなるかもしれないし良いだろう、と思う・・・わけは無い。実のところ。
何しろコイツは普通ではないのだ。
超能力者で日々その力を使いけったいな巨人もどきと戦っている時点で既に普通ではないがそれだけでは無い。
なんていうか、こいつはどこかおかしいのだ。
「しかし涼宮さんからこんな命令が下されるとは正直思っていませんでしたね。意表を突かれました」
ああ俺も驚いたよ。せめてその命令ととんとん拍子の展開に呆気に取られる前に長門あたりに助けを求めておけばよかった。
「でも涼宮さん、あなたが本当に嫌がることは強制しないじゃないですか」
「そーか?」
「そうですよ」
俺にはそんな気はしないけどな。
しょうがない、こいつにハルヒより少しでも多くの優しさがあることを今は期待しておこう。
「で、何をすればいいんだ」
「おやいいんですか?」
「やらないと終わらないだろ」
「そうですか、なら・・・」
じっとこっちを見たまま考える古泉。急に真剣な顔になりやがって妙に心臓に悪いじゃないか。
なんだか悔しかったので睨み返したら嬉しそうに笑ってきてそれがまたむかつく。
「だってなんだか嬉しくて。すいませんあなたといるとつい浮かれてしまいますね」
その思考回路が俺には理解できないけどな。で、罰とやらは考え付いたのか?
易しめなので譲歩してくれればとてもありがたいのだが。
「考え付きましたよ」
そうか。妙にお前が嬉しそうなせいで俺の不安は増すばかりだ。しかもなかなか口を開かない。
もったいぶった感じに手招きをしてくるので俺はしょうがなく椅子から立ち上がり古泉の傍に行った。
腕が届く範囲に行ったところで一気に肩に手を掛けられて引き寄せられる。
「キスでどうでしょう?」
秘密の話をするように耳元で囁かれた。
「お前とか?」
「はい。あなたからして欲しいです」
そして冒頭のシチュエーションとなるわけだ。
「そんなに嫌ですか?」
困ったように笑っても嫌だ。なんでそんなこと。
「たまにはいいじゃないですか。いつも僕からなんてずるいと思いません?」
思わないね。俺がお前の告白を受け入れた覚えは無い。
そして肩から手を離せ。調子に乗って反対の手で腕をつかむな。
「だってそうしないと逃げるでしょう?」
ああ逃げさせてもらうよ。俺が精一杯拒否したいと思っているのは、少しでもお前との距離を広げようとしている俺の態度でわかってくれ。
しかし古泉は一向に手を離さない。それどころかより強い力で無理矢理距離を縮める。
「離せ」
「嫌だと言ったら?」
こいつの真剣な顔が俺は苦手だ。いつもへらへら笑っている顔ばかり見ているから抗体が無いのだろうか。
この顔はこいつの本当の表情のようで、俺をいつも落ち着かなくさせる。
「愛する人にキスをして欲しいと思うのはそんなにいけないことでしょうか?」
それが恋人同士でないなら十分にいけないことだろ。
まさかお前今までもこうして女と付き合ってきたわけじゃないだろうな。いつか訴えられるぞ。
しかし俺は何故か反論もせず無意識に歯を食いしばりゴクリと唾を嚥下した。
さっきまで顔が見られなかったくせに今はこいつから目が離せない。
「キス。していただけません?」
恐る恐る口を開いたが小さな声しか出なかった。
「それが罰ゲームか?」
絞り出した声は情けないことに微かに震えている。
「はい」
古泉が、哂う。
いつもの胡散臭い笑顔じゃない、確信犯が企みに成功したような笑みで。
ゆっくり動き言葉を紡ぎだす古泉の口の動きまで、俺にはしっかり見えていた。
「副団長命令ですよ」
魅入られた、と思うのはこの部屋の雰囲気のせいだと思いたい。
そう夕日の差し込む部屋が嫌ってほどノスタルジックな雰囲気を醸し出しているせいだ。
こいつはこんな笑顔も出来るんだな、と俺は思考の隅でぼんやり感じていた。
引き寄せられるように古泉に近づく。
唇に触れる生暖かい感触。
目を瞑ったから表情は見えない。
でも確かに俺は
古泉に キスをしていたんだ。
End
06.11.18
侵食されていく。気がついたら受け入れて、一体俺が何をしたって言うんだ。
ブラウザバックでお願いします。