『サンセットトレイン』
電車の帰り道。
思い出したのは小学校何年生かの時の遠足の終わりだった。
話をしているリユックサックを背負ったクラスメイトの横、
窓の向こうでオレンジ色の夕日が沈んでいくのが見えた。
眩しいくらいに強く染まった街を異次元の世界にみたいだと思ったのだ。
そんな忘れていた記憶。
ちょっとしたノスタルジイ。
本日は日曜日、SOS団恒例不思議探索の日だった。しかし今回は拡大版だ。
いつもの町内から足を伸ばして朝から近場の動物園に出掛けていた。ここまで来ると不思議探索か怪しいものだがハルヒ曰く
「あんたは動物園で恐竜が現れないって言い切れるの?!」とのことだ。十分言い切れると思うがな。
しかし思っていた以上に『動物園』というものも楽しかった。
自然公園が半分を占めているようなそこは家族連れを中心にそこそこ賑わっていて、俺達ものんびりと園内をまわることが出来た。
象が餌を食べているのに声を上げたり白クマを眺めたり、朝比奈さんお手製の美味なランチを芝生の上で食べたり。
ふれあい動物コーナーなんていうところにも行かされたな。小さい兎がやたらと可愛いらしかった。
ガタンガタンと電車が大きく揺れる。
もう良い子は家に帰るような時間で俺達もそれに準じて電車での家路に付いていた。
近場の動物園、と言っても乗り換えたりしつつ電車で一時間弱の道のりだ。
帰りの電車は混雑って程じゃないが5人並んで座れるような席は見つからず、女性陣はブロック違い斜め前の席に3人並んで歓談している。俺の左隣には古泉だ。
こちらも暇つぶしに取り留めの無い話題で会話をしていたが、数分前から何故か古泉が黙りこくっていた。
古泉の蘊蓄に俺が適当に相槌を打つ、という会話をしていた為古泉が黙ると俺も黙るしかない。
しかも微妙にだが古泉がぼんやりとしていた。並びの座席に座っていたから相手の顔をじっと見て話していたわけでもなく、今さっき気付いたんだ。
なんだか会話のテンポがだんだん遅くなっていた気がしたからな。
「すいません少し睡魔に・・・」
俺の視線に気付いたのか目が合い、古泉が苦笑してきた。
「実はですね」
寄せてきた顔、派生する息が耳がこそばゆくて眉を顰めた。耳打ちにしてもなんか近いぞ。こいつには距離感覚ってものが無いのか。
「昨晩も閉鎖空間への出動がありまして」
「・・・なんか不機嫌だったのか?」
ちらりとハルヒを見やる。朝比奈さんになにやら話しかけている声こそ内容を全部聞ける程の大音量ではないがどう見ても上機嫌なハルヒ。不機嫌さの片鱗も伺えない姿だった。
「いえ、どうやら悪夢を見てしまったようで・・・」
本人は覚えていないみたいですけどね、と苦笑する笑顔にも力が無かった。今日一日眠気を堪えていたのかと思うとなんだか気付いてやれなかったのが悪い気がしてくる。
「そういうわけでは無いのですよ。ただ、電車の揺れってなんでこんなに眠くなるのでしょうね?」
「眠いなら寝てろ。まだ結構掛かるぞ」
ドアの上の路線図で停車駅を数えてその数を告げる。まだ半分もいってない。これなら一眠りしたって支障はないだろう。
「そうですね・・・」
「心配しなくてもちゃんと起こす」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
古泉は膝に乗せたショルダーバッグを抱えるように持ち直し、瞼を閉じた。
俺の話し相手はいなくなるが別に構わない。寝不足の人間に話をさせる方が可哀想だしな。
俺はなんとなしに正面に視線を移した。日の眩しさに無意識に目を細める。
窓の外はもう夕暮れだ。各駅停車の電車がゆっくりと俺達を運んで行く。
一日中動き回ったのでさすがに倦怠感があった。首を回して筋肉を解す。電車から見える夕焼けは何故こんなに郷愁を感じさせるのだろうな、なんて特に意味の無いことが頭を過る。
浮かんだのは恐らく昔見たのであろう遠足帰りの光景だ。が、しかしそれについて深く考える気も起きない。つっこんでおいたぺらい文庫本でも読むか、と鞄を探った。
だがその短編集を読み進めることは出来なかった。
読み始めてほんの数行の所で思わぬ邪魔が入ったからだ。
それは話し飽きたハルヒの突然の乱入でも、まさか起こって欲しくない電車事故でもなかった。
左肩に唐突な重みがかかったのだ。ぎょっとしたが理由は明確。
古泉の頭が俺の肩に乗っかっていた。
「こ、古泉?」
恐る恐る声を掛けるが返事は返って来ない。
「おい、」
・・・眠っている。無反応な態度だけでなく薄く空いた口から漏れてい
る寝息からそれがわかった。
だがこれはどうすればいいのだろう。こうなっては多分、動くことが出来ない。
古泉の首の位置をまっすぐに直してやったほうがいいのだろうか。しかしそれでは起こしてしまうかもしれない。
見た所ぐっすり眠っているが、眠りは浅いタイプだった筈だ。合宿の時にそう言っていたような。
寝不足だったのだから起こしてしまっては悪いだろう。どうしたらいいかと視線を落ち着かなく彷徨わせた。ふと朝比奈さんと目が合う。
内容は聞き取れなかったが彼女が何か言ったことでハルヒがこちらを向いた。長門もスローモーションで俺達を見る。
ハルヒは最初大きく開けようとした口をつぐみ、またそろりと開いた。
「古泉くん、寝てるの?」
潜めた声はハルヒなりの古泉への配慮らしい。
「あぁ」
「珍しいわね」
間を隔てる乗客が丁度いなかったので、席から立たず身を乗り出してくる。へぇとかふうんとか呟いている様子はどこか嬉しそうだ。
「そうですねぇ」
「彼は日中から注意力及び体力が若干低下していた。睡眠不足」
ふんわりと聖母のように微笑む朝比奈さんの横で無表情の長門が淡々と述べた。ハルヒの表情が曇る。
「そうなの?無理してたのかしら」
「忘れていたんだろ。電車の揺れで眠くなったらしいからな」
「そう・・・でも、起こしちゃ駄目よ。まだ時間はあるし寝かしてあげなきゃ」
気をつけなさいよ、と乗り出した身体を戻して朝比奈さん長門とまた話す体制に・・・ってちょっと待て!この寄りかかり体勢は放置か?!!
「起きちゃったら可哀想でしょ。肩くらい貸してあげなさいよ」
あ、もう聞く気なしか。まぁ睡眠不足の原因にまで追求の手が及ばなくて良かったと考えればいいかもしれないな。
俺もすっかり諦めモードで息をつく。首を軽く向けて古泉を見た。
まず鼻先に古泉の髪があることに意識がいった。なんか息をしてはいけない気になるな、なんとなくだが。
・・・あ、なんかいい匂いがした。洗剤?まさか香水とかじゃないよな。じゃあ体臭?しかしこいつは汗もかかないのか?今の所汗臭さが無いんだが。それでも男子高校生か。
・・・待て待て,俺はなに人の匂いについて真剣に考えてるんだ。変態か?
いや違う、朝比奈さんのかぐわしい香りならいくらでも堪能したいがこいつは古泉だ。ケー、オー、アイ、ゼット、ユー、エム、アイ!
古泉からどんな匂いがしようが関係ないだろ!・・・肩を貸している状況で篭った匂いとかされても嫌だけどな。まぁ嫌いな匂いではない・・・多分。
って馬鹿か俺は!はい古泉の匂いとか終わり!
速やかに顔を離す。次に目に入った穏やかな寝顔に腹が立った。こっちの気も知らないでぐっすり眠ってやがる。
油性ペンがあったらでこに『肉』って書いてやるのに。
そのまま寝顔を見ていて、閉じられた瞼が意外に長い睫毛に縁取られている事に気付いた。一向に起きない。
拒絶する程ではない、だが妙な気分だ。
「(疲れてるんだな、こいつ・・・)」
そう思ったのは別に今日の様子からだけではない。普段の積み重ねがここに見えた、とでも言おうか。
人に気使って、常にイエスマンで、夜も世界の為と駆り出されて、それに加えて高校生活も送らなければいけない。そりゃ疲労もたまるだろう。
おつかれ、古泉。
なんだか頭でも撫でてやりたい気分だがやめておこう。こいつが目を覚ましてからかわれても嫌だし、ハルヒ達に見られても居たたまれない。
まぁ男が男にすることじゃないことだけは確かだ。何よりさっきから時に視線が痛い。
ドアの所で立ち話してるお姉さん二人組なんかこっチラチラ見ながら笑ってる気が。微笑ましい視線なんて向けないで下さい。
カップルでこれなら目を向けないがな、俺だったら。車内で何してんだ、ってとこか。小さい子供とかならそりゃ可愛いだろう。
・・・今、ラブラブとかなんか聞こえた気がするが気のせいだよな,やめてくれ。いえ勘弁して下さい。
「・・・・・・」
古泉が寝入ってから15分経ったか経たないかという頃、肩の重みが僅かに軽くなった気がした。
俺はそれまで思考をまた向かいの景色に向かわせていたのだが、見れば古泉はゆっくりと目を開けるところだった。
しかし目の焦点が合っていない。やはりこいつにしてはぐっすり眠っていたみたいだ。何度か瞬きをした古泉は何も言わず、故に俺も沈黙していた。
「え・・・?」
「よう」
右手をあげてやるが、どうしたもんかな。俺のリアクションもよくわからん。
古泉はその間に状況把握をしたようだ。慌てたように姿勢を正す。
「えっ、あの、え、僕まさか・・・!」
「俺の肩でぐっすりだ」
え、ええっ、それは・・・としどろもどろする古泉に噴き出す。SOS団女性陣にも何やらにまにまと見られているようだがそこにまで気付く余裕がないのだろう。まぁ確かに恥ずかしいよな。
しかし俺が笑っている事には気付いたのか、古泉ははっと動きを止め俺を見る。
「すいませんでした」
「いや、別にいい」
ちょっとした労りだ、気にするな。
「こうですか」
で、何故この行動になるかわからないけどな。もう一回頭を乗せるな。図体でかいから重いんだよ!
「・・・・・・」
「なんだよ。文句があるなら口で言え」
すぐ頭を起こした古泉が無言で気持ち悪い。
「・・・照れますね」
顔を赤くした古泉。正直、直視しがたい光景だ。いや見難いとかじゃなくてな、普段こいつは人が嫌がることも平気でするくせになんというか・・・
見るなよ。こんなんで二人して真っ赤になっているなんて馬鹿みたいだろ。
終わり
08.2.12
加筆修正08.3.3
「いつもよりぐっすり眠れたのでまた肩貸してください」・・・そんなこと言えませんよね。
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