チョコが欲しいと言うならば





 世間が沸き立つバレンタイン、女子はその数日いや一ヶ月以上前からその話題を口にしている。
例年は自分も貰えるかどうか、今年も母親からだけかもなと思いながら微妙な期待を胸に当日まで過ごすもんだ。
しかし今年はどう人生が転がっちまったのか恋人(男)というものが存在していた。
多分俺がチョコをあげる立場…なんだろう。
だけど

「私は、9組の古泉くんに…」

クラスの女子が可愛らしく顔を赤らめて口にした横を通り過ぎた休み時間。
それからなんとも言えない閉塞感を感じて日々を過ごしていたんだ。




「というわけで、俺のチョコはいらないだろう」
「何でですか!要ります!他の何をおいても僕に必要なものです!」

 うん、顔が近い。他に一目がないからって涙目の至近距離で迫ってくるな。だから顔近いっつうの!!
俺は学校帰り、古泉の部屋のリビングにいた。
そう今日は2月14日、聖バレンタインデーだ。昔バレンタインという人が処刑されてだな、

「そんな話はどうでもいいんです!」

 おいキャラが違うぞ。

「そんなの関係ありません。その理論では僕が心躍らせて指折り数えていた今日この日に、愛しい恋人からチョコレートを貰えないという嘆かわしい事実の説明にはなりません!」

 しつこい男は嫌われる、という女子の言い分がわかった気がする。指折りってなんだ、指折りって。

「用意するとは言ってなかっただろ」
「そりゃ言いませんよ」
「それにお前が用意したって良い筈だけどな」

 俺達男同士なんだし。その言葉に古泉は一瞬言葉を詰まらせ

「…代わりに、ホワイトデーは5倍返ししようかと」

と宣った。

「値段で?」
「愛でお返ししますよ?」
「じゃあ0に5掛けても0だな」

 そんな昼ドラのドシリアス場面みたいな顔するなよ。
無駄に決まってる顔には悪いが俺は別に出生の秘密やどろどろ恋愛関係を暴露したわけじゃないんだからな。

「…何故ですか」

 じとっとした目で見るなって。

「女子からチョコ貰ったろ」

 立ち上がりリモコンに手を伸ばし空調のスイッチを入れる。なんか肌寒いと思ったら暖房も入れてなかったんだな。
そういや部屋に入ってすぐ「今日、あの、チョコレートは…」とチョコの要求をされたんだった。
…こう考えるとなかなかに図々しいな、古泉。

「…貰いました」

 見てたんですか?と聞かれるが、見てはいない。
先程言ったクラスの女子の様子からした予想と、
ハルヒの「古泉くんはすごい数だったらしいわね。さすがSOS団の副団長だわっ!」という風の噂だ。

「そしてあなたも団の女性陣からいただいたんでしょう」
「あぁ、3人の手作りチョコな」
「それなら同じ…」
「本命もらいまくったであろう奴が何を言う」

 わかってるさ。これは後ろめたさだ。そして少しの嫉妬。
堂々と古泉を好きだと言えてチョコを渡せる女子生徒たち。
なのにその精一杯の想いを踏みにじっているのは俺だ。俺が、古泉の恋人だから。
何も知らない彼女たちは、俺がいるせいで古泉にふられちまう。
古泉が俺を嫌いになるまでずっと、ずっと。それがとても後ろ暗い。
 空調を調節してまた古泉の前に座れば、目の前の古泉はすっかり沈み込んでいた。

「学校では恥ずかしがると思ったんですよ…」

 消えかかった語尾が余計に情けない。
あぁ、だから家に寄らないかとあんなに言ってきたのか。

「そうですよ…期待した僕が馬鹿なんですね…」

 正直に言おう。ここまでへこまれると思わなかった。
 今にも泣きそうな雰囲気を醸し出す高校生男子に溜め息をついて、俺は鞄を引き寄せた。
教科書で潰れないようにとしっかりカバーされた小ぶりな紙袋の中から薄いセロファンで包装された手のひらサイズの物体を取り出す。
カサ、という音に古泉が顔をあげた。

「これは妹からな」
 
 その輝いた顔がへにょりと歪む。思い切り落胆したいが礼儀的にそれは出来ないというところか。

「はあ…ありがとうございます」

 朝学校を出る際に渡された袋だ。これで任務は遂行した。

「で、こちらは…?」

 差し出した袋は2つだ。セロファンのものの他にもう一つ、こちらも小さめの紙袋。
母親から、とでも言ってやろうかと思ったが古泉の顔を見て、しばし逡巡する。…そろそろやめてやるか。

「…からだ」
「はい?」

 どちらからですか、ってやっぱり分かってないな。

「俺、からだっ!」
「………え?」

 だああそんな驚ききった顔で見るな!
 思わず目を逸らして、誰もいない空にぶちまける。

「妹が大量にガナッシュクッキーを作ってだな、手伝わされたんだ!それでチョコと生クリームが余ったんだっ」

 ガサガサガサッと慌ただしく袋を開ける音。古泉が勢いよく紙袋を開いている。

「トリュフ、ですか?」
「…まぁな」
「大変だったでしょう」
「そうでもない」

 実際は大変だった。菓子づくりなんて初めての経験だったから、ここまで出来たのは奇跡だと思う。

「食べていいですか?」
 さっきまでとは打って変わって幸せそうな古泉がチョコを頬張り、俺も一つつまむ。

「どうしました?」
「失敗作しか食べてないんだ」

 口に運んだチョコは甘ったるいけどなかなかに旨かった。
指についたココアパウダーを舐めとろうとしたら、古泉に手を掴まれる。
そのまま奴の口が近付いて

「なっ…!」

 舐めるな、人の指を!そう怒鳴ろうとしたが、古泉がにやりと笑いかける。

「あぁごめんなさい」

 肩を掴まれ、あっと言う間に口づけがきた。避ける暇さえ与えられない。

「こっちの方が美味しいですね」

 色ぼけた発言に、鉄拳が飛んだのは言うまでもない。



終わり




08.2.14
欲しいならくれてやるよ。俺なんかのでいいんならな。




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