嫌な夢を見た。

どこかで見たことのある風景。

断片的な映像のような不完全なイメージ。

間違いないのはそこに彼がいたこと。

決して手は届かなかったのに

その存在が泣きたい程に愛しかった。










そのシーンは夢の中心を担い、他に比べて長かったからか記憶にも強く残っている。
夢の中には僕でない僕がいた。
髪が長く黒いブレザーを来た涼宮さんがいた。
その前に“彼”が立って何かを話している。

声は断片的にしか聞こえないし、彼に近付くことも出来ない。まるで元から足など無かったように。
僕は神のような高い視点で幽体離脱でもしたかのようにその光景を見ていた。
黒い学ランを着た『古泉一樹』は彼に向かって言う。

「どちら様でしたでしょうか」

僕は夢の中の古泉一樹がそう言ったことよりも、“彼”の悲しげな表情に胸を締め付けられた。
その失望の表情はすぐに諦めに変わる。しかし僕には彼の一瞬の寂しさが感じられた。

「僕は涼宮さんが好きなんですよ」

やめろ僕が好きなのは彼だ 彼だけだ
そう叫びたかった。しかし声は出なかった。
叫びたくなる程彼に執着を持っている自分に驚いたが、夢の中では何も出来ない。

その後も断片的なシーン。
高校の校舎、淋しげな文芸部室、起動されるコンピュータ。
思い出せるのは、その風景だけ。
重要なことは何もわからない。






目を覚まして、自室の暗闇の中にいると気付いた時。
訪れたのは安堵だっただろうか。それとも悲しみだっただろうか。


「いやな、夢だ・・・」


もしもあれが『古泉一樹』なら。

きっと彼に興味を持つ。
知らず知らず惹かれる。
彼から目が離せなくなる。

ただの夢だ、そう切り離せばいい。

なのに夢の中の『彼』と『僕』は頭の中に嫌な予感しか送り込んで来ない。

彼を愛しく思い、彼から離れられなくなり、傷つけてしまうとしても独り占めしたくなる。


僕がそうだった、ように。


“彼”は彼だった。まぎれも無く僕の愛しい人だった。
 
病院のベッドで眠り、今日も、目を覚まさなかった、彼。


死んではいない。身体機能は正常だそうだ。
外傷も何も無いのに意識を一向に取り戻さない彼を、絶望的な気分で何度も目にした。
彼はもうここに戻って来ないような気がして。
それを何回自分で否定しただろう。
涼宮さんは不安からか閉鎖空間を何度も作り出した。
僕は戦闘よりも彼女のフォローに回されて、だけど戦闘要員にされた方がよっぽどマシだろうと思った。
何度も、何度も。だって死体のように動かない彼を見ないで済む。
彼は死んでいるようには見えなかった。
どちらかと言えば「眠っているような」と形容される物に近かっただろう。
涙は出なかった。涙を流すのは間違いだと思った。
それではまるで彼が死んでしまったみたいじゃないか。
涙どころか体中の血液が凍ったような感覚を味わいながら、何度も彼に無言で訴えたのだ。
目を開けてくださいと。
本当は彼の身体にしがみついて縋り懇願したかった。例え返事が返って来なくても。
彼から離れようとしない涼宮さんさえいなければ。彼女にそんな姿を見せるわけにはいかない。


夢の中にいた人物が浮かんだ。
僕ではない僕。
涼宮さんを好きだと言った僕。
あの男にさえ、僕は彼をとられたくない。
醜い独占欲だとわかっている。
だけど、それでも、

誰にも彼を渡したくない。
他の人と微笑み合う彼なんて見たくないんだ。


だけど、笑うことさえ、言葉を発することさえしない彼も見ていたくない。

見る度に命が削られる。

心臓が千々に裂け、血を流すのだ。

愛しいと心が啼いて。




「早く、目を、覚まして・・・」

そして出来れば名前を呼んで。

僕が安心出来るように。






絞り出したような声は握り締めたシーツにゆっくり染みた。









END


07.12.19


渇いて 渇いて 心が潰されそうだ







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