細く途切れる話題から、今日も“それ”は確かに滲み出ていた。
湯気の立つコーヒーを彼の前に置きながら私は判断に悩む。
機関の施設に与えられた一室で、硬いパイプ椅子は姿勢を変えるだけで軋んだ。向かい合った少年は言葉を続ける。
「へたくそ、って言われたんですよ」
「・・・なんのことかはわからないんですけどね」
力無く笑う少年に鳥肌がたつような思いだった。
何故か「ごめんなさいね」と言いたくなった自分が可笑しい。私が謝る理由なんて見当たらないのに。
この子供・・・なんて呼んだらきっと怒る。頼りない子供のような表情をする男の子。
古泉一樹という同志を苦しませている原因が、その境遇だとしても。私にはどうしようもないのだから。全ては神の為に在る“機関”の意思。
機関の定例ミーティングの後、古泉をお茶に誘ったのは私からだった。
今回のミーティングの主な内容は、古泉の報告。お偉方も並ぶその席に私も出席していた。
だけれど、ある人物の話題に触れた時の彼の一瞬の間に気付いたのは私だけだったかもしれない。
その時の痛ましい表情も、瞬きの間に消えてしまった。懸念があったから気付けただけのこと。
「何の話をしていたの?」
ああ、わざとらしい声。
だけど少年は困ったように眉根を寄せた。
「たわいもない話だったと思います。帰り道でしたから恐らく涼宮さんの話題だったでしょうか」
何を思ったのか下を向く視線。暗いわけではなく、自分の中のベクトルを持て余すような。
ああ、それね。きっと彼は持て余している。
当の本人さえその深さに気付いていないであろうものに。
「そういえば話し方が回りくどいと言われたこともあったんですよ。それでしょうかね・・・。でもこの話し方を今更直すことも出来ませんし」
淋しそうにしたかと思えば、心底嬉しそうに微笑んだり。気付いてる?
少し前からなのよ。あなたはそんな風に、ある子のことを話す時だけ。年相応に表情がくるくる変わるようになった。
気付いていない。ならば気付かせてはいけない。この子の感情を誘導して、気付く前に風化させるべき。
「・・・すいません」
思案に耽っていた私を前に勘違いしたのだろう、古泉が慌ててコーヒーを飲み干した。
「何か用件があったんですよね」
「いえ、」
違うのよ、と言葉で制そうとしてやめる。話は確かにある。
でも私は迷っていた。この子はとても優しいから。
・・・私は前から知っていた。
いえ、わかってしまった。
いつ気付いてしまったのかを言い表すのは難しい程、なんとなく感じていたの。
これが大人というものかしら?でもね目を逸らそうとしていたのよ。
・・・謝りたくもなる筈ね。少しずつ罪悪感でいっぱいになってしまっている。
「古泉」
「はい」
「・・・辛かったら、やめてもいいのよ」
ほら口から出るのは、保守的な言葉ばかり。少年は私の発言の真意をわからずきょとんとした後クスリと笑う。
「変なこと言いますね、森さん」
あなたがそうやって笑えるのは、きっと“それ”をまだ自分の中で言葉にしていないから。
この子のことだから自覚を避けてきたのかもしれない。自覚はさすがにしてるかしら。でもそれを奥に奥に潜めて。
・・・それが、とても悲しい。
ミーティングが終わる頃、私は思っていた。「この子と話をしよう」。
それがこの子の為になるかなんてわからないし、只のお節介かもしれない。
確信はあったけど、だからこそ彼を動かしてしまうかもしれないもので、反対こそすれ傍観さえ私の所属的には間違っている。
でも私は彼の優しさにつけ込む狡い大人になりたくなかった。・・・それも、大人のエゴなのよね。
だけどね、古泉。私は嬉しかったの。
出会った頃からどこか冷めた目をしていたあなたが、あの子のことを話す時にとても優しい笑顔をうかべることが。
「好きな人がいるでしょう?」
その感情を、人は恋と呼ぶのよ。
甘いだけではない思いを、恋情として抱えるのよ?
「だから言っていいのよ?私のこれも我が侭だから」
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09.1.25
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